2009年06月24日

トヨタが先陣を切って普及させた技術としては

1990年代後半、トヨタが先陣を切って普及させた技術としては、内燃機関における吸気時期電子制御システム"VVT-i(Intelligent Variable Valve Timing Control)である[6]。これは従来、エンジン機関の全体的回転タイミングによって吸気していたものに代え、電子制御により強制的適量吸気を実現したもので、国土交通省(旧運輸省)低排出ガス車認定基準へのほとんどの車種の適合を実現した一要素である。日産自動車のNVCSや富士重工業のAVCS、本田技研工業のi-VTEC、三菱自動車工業のMIVECなどは同種のシステムである。

1990年代の業界再編期を経た現在は、グループ内各社との共同開発が一般的となっており、小型車用エンジンの新規設計や一部の小型車の企画ではダイハツ工業の、トラック開発では日野自動車の参画を得ている。燃料電池車やガソリン-電気方式のハイブリッドカーの開発では、部品供給で関係の深かった松下グループと連携し、また、欧州では知名度が今ひとつのためもあり、モータースポーツの世界最高峰に位置するF1に参戦するなど、最先端の技術開発・実用化に取り組んでいる。G-BOOK・G-BOOK ALPHAと呼ばれる情報通信システム[7]は、本田技研工業のインターナビに登録者数で負けているが、グループ外他社に供与し、更に利用料を無料にするなど挽回策を図っている。

北海道士別市に巨大なテストコースを持っており、高速域や極寒冷下での試験などをはじめ、海外向け商品の開発にも多面的に取り組んでいる。学力向上!漢字王国
白い花の花言葉
北の国・北海道マップ
暮らしの知恵袋
ラファエロのタレントになる学校選び
ハンズの野球のツボ
マーメイドの地図探し
ゆかいな塾の先生
炎神でアニメソングメドレー追跡
懸賞の秘密ちゃんねる
健康一番玉手箱
Carタイムへ急げ
芸能界デビューのチャンス
ひだまりの湘南ビーチ
奥様ご用達ご当地グルメ
仕事探しはここからスタート
初心者の投資問題解決!
姉妹の温泉三昧
フラッシュのオーディション参加
省エネルギーのコツを紹介
生活費の節約法
ドライブ計画サポートスペシャル


2005年8月30日に国内に投入した高級車ブランドレクサスは、当年目標の6割と販売は振るわなかった。これには、これまでのセルシオの事実上の4代目次期型としてブランドの旗艦たる新型LSの導入が遅れたことも要因の一つであるが、トヨタ自身はそれほど深刻に受け止めていない。また世界初のFRハイブリッド車を発売し、新型LSへもハイブリッド車を設定するなど、レクサスへのハイブリッド技術の導入にも積極的である。

トヨタはロボット技術にも力を入れている。ロボット事業を将来の中核事業と位置付けており、実際に事業化する事を前提に積極的な開発が行われている。各地で行われるイベントでも家庭内や介護医療で使われる事を想定したトヨタ・パートナーロボットをお披露目している。

2009年06月10日

黒船来航(くろふねらいこう)とは

黒船来航(くろふねらいこう)とは、嘉永6年(1853年)にアメリカ合衆国の海軍所属の東インド艦隊艦船が、日本の江戸湾浦賀(神奈川県横須賀市浦賀)に来航した事件。マシュー・ペリー提督によってアメリカ合衆国大統領国書が江戸幕府に渡され、日米和親条約締結に至った。日本では一般に、この事件から明治維新までを「幕末」と呼んでいる。

欧米による帝国主義時代・開港による植民地化を目的とした寄港拠点の確保

産業革命を迎えた西ヨーロッパ各国は、大量生産された工業品の輸出拡大の必要性から、インドを中心に東南アジアと中国大陸の清への市場拡大に急いでいたが、後にそれは熾烈な植民地獲得競争となる。競争にはイギリス優勢のもとフランスなどが先んじており、インドや東南アジアに拠点を持たないアメリカ合衆国は、西欧との競争のためには、清を目指するうえで太平洋航路の確立が必要であった。
化学物質過敏症
特定疾患
オーケストラ
バーベキュー
スキンケア
学童保育所
衛生
合気道
ホスピス
試写会
材料科学
システム工学
哺乳類
クリスマス
遺伝子疾患
食品添加物
ボクシング
履歴書
バレーボール
労働組合

アメリカの思惑の本質・捕鯨船の物資補給を目的とした寄港地の確保

産業革命によって、欧米の国々は日本沿岸を含み世界中の海で、「近代捕鯨」を盛んに行なっていた。これは、夜間も稼動を続ける工場やオフィスのランプの灯火として、主にマッコウクジラの鯨油を使用していたからである。太平洋で盛んに捕鯨を操業していたアメリカは、太平洋での航海・捕鯨の拠点(薪、水、食料の補給点)の必要に駆られていた。

実際にアメリカが、日本近海で捕鯨を目的とした操業を行っていた例として、ジョン・マンこと中濱万次郎は、高知沖で、遭難し無人島の鳥島に仲間といたところ、アメリカの捕鯨船に救助された。当時15歳だった万次郎は、捕鯨船の船長の養子同然となり、その後アメリカにて修学し、アメリカで近代捕鯨の捕鯨船の船員となった。しかし、望郷の念は強く、カリフォルニアの金鉱で働き得た資金により、捕鯨船を確保し、ハワイに残された土佐の清水中浜村の漁師仲間と共に、日本に帰るべく出航した。

当時の薩摩藩琉球にたどり着いたとき万次郎は25歳であった。その後、紆余曲折はあったが、日米和親条約の平和的締結に向け、通訳やアメリカの思惑や情勢を詳しく知る者として、時には裏方として尽力した。これら万次郎が幕府に徴用されたのは、英語話者やアメリカ滞在者としての経歴だけでなく、アメリカの目的が捕鯨基地であり、万次郎自身がそのアメリカの捕鯨船船員であったことも無視できないだろう。

2009年06月06日

刀工(とうこう)とは刀を作ること本職とする者を言い

刀工(とうこう)とは刀を作ること本職とする者を言い、鍛人(かぬち)、鍛師(かなち)、刀鍛冶(かたなかじ)、刀匠(とうしょう)とも言う。 日本刀を作るには数段階あり、それぞれの段階の職人がいる。
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鉱山師 - 鉱物を掘り出す
鉄穴師(かんなじ)- 砂鉄を採集し砂と分ける
タタラ師 - たたら吹きの一種たたら製鉄し砂鉄を溶かす
山子 - 炉の火のための炭を焼く
刀鍛冶 - 鉄を製品に加工する(ここでは、鉄の塊を鍛造し日本刀にする)
彫師 - 刀に梵字や装飾図を彫る[1]
鞘師 - 刀にあわせて、鞘を作る
研師 - できあがった刀を研ぐ

日本刀は、慶長以前を古刀、以降を新刀期に分け、地域の流派で記載するのが一般的である。

古事記や日本書紀などに記録されている神代(かみよ)から奈良時代(延暦24(805年)まで。

祖神:天目一箇神(あめのまひとつのかみ) 
刀匠の祖神は『日本書紀』に高皇産霊神が大物主神に詔(みことのり)した段にみられる天目一箇神で、[3] 『古事記』天岩戸の段で、思金神に呼ばれた鍛人天津麻羅(あまつまら)[4]と同一神との説もあるが、天叢雲剣を天照皇大神のために造ったと伝承されている。この剣は人皇第12代景行天皇の皇子日本武尊の草薙剣で、熱田神宮の御神体として伝来されている。

倭鍛部(やまとかぢべ)の天津真浦(あまつまうら)
『日本書紀』綏靖天皇記[5]に鹿を射る鏃(やじり)を作らせる記事があり、職制としての鍛冶が伺われる。

太刀佩部の川上部(かはかみのとも)
『日本書紀』垂仁天皇記に、五十瓊敷命(いそたましきのみこと)は太刀佩部の川上部(かわかみのとも)に千振の剣を作らせた。[6]

韓鍛(からかぬち)の卓素(たくそ)
『古事記』応神天皇記に、百済の照古王(近肖古王か)が和邇吉師に鍛冶の卓素を献上した。[7] 近肖古王は七支刀を神功皇后時代に献上している。

天国 (人物)
銘尽には、大宝年中に作刀し銘を切るとある。[8]同書には、次の順序で神代の鍛冶を記載している。藤戸(神武天皇御剣)、国重(宇佐明神)、天国(村雲剣)、天藤(春日大明神)、海中(龍王)など。

2009年04月23日

国衙領

10世紀頃から、律令制で規定していた戸籍・班田収授による租税制度がほぼ崩壊し、現地派遣の筆頭国司である受領へ租税納入を請け負わせる国司請負へと移行し始めた。これに伴い、受領の勢力下にある公領は、受領の私有財産のように扱われ始めた。受領は租税納入先の大寺社や摂関家のような上級貴族へ滞納が生じると、勤務評定である受領功過定(ずりょうこうかさだめ)を切り抜けるために、公領の一部の租税収納権を納入先の大寺社や摂関家に与えることが慣例になっていった。こうしてなし崩し的に公領に虫食い状に発生した新立荘園、つまり国免荘(こくめんのしょう)は、次第に公領からの租税徴集を圧迫していった。

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特に11世紀には内裏や大寺社の火災が多く、これらの再建を目的とした臨時課税が困難になる状況を来した。そのため、単なる既成事実であった国免荘にも課税(一国平均役)をするため、たびたび荘園整理令が出された。これらの荘園整理令はある基準年以降の新立荘園を停止する一方、それ以前に発生していた国免荘を臨時課税の対象として正式に公認化するものでもあった。それまでの荘園は上級貴族や大寺社が独占的に租税収納権をもつ農地が公領の農地の中に散在しているに過ぎなかったが、これらの荘園整理令に際し、公領と荘園を識別して一国平均役を課することを容易にするため、荘園を一つの領域に統合する措置が行われた。ここに上級貴族や大寺社が派遣した荘官が、行政や徴税を国家から依託される、統治領域としての荘園が成立した。

こうしてそれまで各国の体制は、荘園も含めて一元的に受領の支配下にあったものが、荘官の支配する荘園と、受領の支配下にある公領が、大きく二分して土地・民衆支配をする形態に移行した。こうした体制下の公領を、受領の指揮下にある国衙の領地とみなして、国衙領と呼ぶ。また、歴史学者の網野善彦は、中世日本の社会が荘園と公領から構成されていることに注目して荘園公領制という概念を提唱した。

国衙領は、鎌倉幕府が成立すると次第に守護・地頭の勢力の下に置かれるようになっていったが、室町時代にも残存し、太閤検地により解体された。

2009年04月19日

オセット人

オセット人(Осетин; Osetin)は、カフカース地方の山岳地帯に住む民族。

主な居住地域はカフカース山脈をまたいで南北に広がり、ロシア連邦の北オセチア共和国と、グルジアの南オセチア自治州に分かれている。総人口はおよそ60万人。

独自の言語としてインド・ヨーロッパ語族のイラン語群に属するオセット語が使用されている。 主な宗教はキリスト教で70%以上が正教会の信徒であるが、イスラム教を信仰する者も15%ほどいる。

古代東ヨーロッパで活動した民族アラン人の後裔と考えられており、中世にはアス人と呼ばれていた。民族名のオセットは、アス人(As)をオウス(Ovs)と呼んでいたグルジア人が、アス人の居住地域を指してOvsetiと言っていたのがロシア語に取り入れられて広まった他称である。もっとも、自称としてはアスの名は失われ、オセット語による自称はイロン(Iron)あるいはディゴル(Digor)、ディゴロン(Digoron)である。

オセット人は、スキタイ、サルマタイ、アラン人などの古代の黒海北岸一帯で活動したイラン系民族の後裔と考えられている。彼らは諸民族と混交を重ねていく中で、アス人と自称したオセット人の先祖がハザールの解体後、カフカス山脈北麓の低地地帯に王国を形成し、カフカス先住諸民族の強い影響を受けた独自の文化を発展させた。

13世紀前半、アス人の王国はモンゴル帝国によって征服され、首都マガスを始めとする諸都市は壊滅的な打撃を受けた。これ以来アス人はモンゴルの支配下に入り、モンゴルの支配を嫌って逃亡した若干のアス人はハンガリーに逃げ込んで同地でヤース人と呼ばれる民族集団になった。ヤース人はその後ハンガリー人への同化が進み、現在はハンガリー人の一部と考えられている。

浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア

また、アス人の一部は降伏してモンゴル軍に加えられるとそのまま中国に移住し、元に仕えるアスト人親衛軍を構成した。「アスト」は「アス」のモンゴル語による複数形である。メルキト部出身のモンゴル人将軍バヤンに率いられたアスト人親衛軍は元朝治下のモンゴル高原で行われた数多くの戦争で大きな戦果をあげ、14世紀前半に頻発した後継者争いを巡る政変において重要な役割を負うことになる。こうして中国でモンゴル人の遊牧民と同化していったアストの人々は1368年に元が中国を放棄してモンゴル高原に帰るとこれに従って高原の遊牧民の一集団となり、長らくモンゴル民族の中の部族名としてアストの名が残った。例えば、15世紀前半にモンゴルのハーンを擁立してオイラトと熾烈な争いを繰り広げた有力部族長として、アスト部族のアルクタイという者の名が伝わっている。

一方、カフカス北麓の低地に残っていたアス人も、良質な草原地帯であるこの地方へと遊牧を広げようとするジョチ・ウルスのテュルク系遊牧民の圧迫を受けてカフカスの山岳地帯へと南下を余儀なくされ、現在の北オセチアに移住して4つの部族集団からなる部族連合を形成した。また、一部のアス人(オセット人)はカフカス山脈を越えて南下し、南オセチアの領域に入って群小村落共同体を立てた。山岳地帯に入った彼らは民族統一国家を打ち立てることはなく、北オセチアのオセット人は西方のカバルダ人、南オセチアのオセット人は南方のグルジア人の支配下に入る。

17世紀に入るとロシア帝国の北カフカースへの進出が進み、18世紀末から19世紀初頭にかけて、オセチアの一帯はロシアによって併合された。

2009年04月04日

根岸流 (書風)

根岸流(ねぎしりゅう)は、江戸の相撲会所にあって、番付の版元であった三河屋根岸治右衛門が創始したと伝えられる書風。

解説 [編集]
江戸文字の一種とされ、筆太に書かれるのは勘亭流やビラ文字と共通しているが、隙間が少なく直線的なのが特徴。

現在ではあまり見られないが、木偏の漢字をバランスを取る意味で木かんむり(例:「松」→「枩」)で表すのも特徴といえる。その版元の名を以て「根岸流」と言われる。

根岸家は年寄として相撲会所(のち日本相撲協会)の運営にも関与したが1952年に10代目が名跡を返上、現在は行司にその書体は伝えられていて、番付をはじめ相撲場や巡業地の告知などに、その書体を見ることができる。

行司の修行ではこの相撲字の習得は土俵上での捌きとともに、必須とされている。

戦後では日本相撲協会の番付書きを担当した鏡山勘太夫(6代鏡山で元5代式守勘太夫、読売新聞東京本社発行の月刊「大相撲」の表紙題字を担当)や、24代木村庄之助、10代式守与太夫、30代木村庄之助などが能筆として知られる。番付は書かなかったが32代木村庄之助はかなりの能筆だったらしい。

現在の番付の筆者は幕内格行司木村恵之助。

浜千鳥 トーイング オープ ロースト キャリア サード ハワイ国内 ウィフト センシー パック クガイソウ ナイフ 蒼い時刻 ソムリ フレキシ ダーク チリパ ムクゲ ファイヤー フット スピロ フライ アイス ダビング 恋のもだえ マカルー ヒナゲシ かご ロード ヤツデ いまどき いかだし マラヤ ウルナビ プレーヤー パーテ ダイアル ガイドつげ マッチ ジハード スタック ソーダ ビーナス キンシャ トクルフト パテントレ フェオ うみう ジクス フェニキア


2009年03月20日

新幹線以前の黄金時代

1957年(昭和32年)7月 東京駅?博多駅間に「あさかぜ」の補助列車として下りは30分先行、上りは30分後発する時刻に、臨時特急「さちかぜ」を設定。
1957年(昭和32年)10月 「さちかぜ」を定期列車に格上げし、運行区間を東京駅?長崎駅間に変更。
「玄海」は京都駅?鹿児島駅間運転となり「桜島」に改称。準急307・308列車は京都駅発着となる。
1958年(昭和33年)4月 山陽本線姫路駅まで電化完成。優等列車は姫路駅まで電気機関車牽引となる。 
1958年10月 ダイヤ改正に伴い、以下のように変更。
特急列車
「あさかぜ」に寝台特急専用車両である20系客車を用いはじめる。
それによって余剰となった客車を用いて東京駅?鹿児島駅間に「はやぶさ」を設定。
「さちかぜ」は「あさかぜ」と名前が紛らわしく、誤乗が絶えなかったこともあって「平和」と改称。
急行列車
「さつま」は、門司港駅始発と大幅に区間短縮。その本州部分時間帯での代替列車として、広島駅?門司駅間に準急407・408列車が設定される。
「桜島」は博多駅までに区間短縮されて「玄海」と再改称。
準急305・306列車は急行列車に格上げされ、「宮島」と命名。
1959年(昭和34年)7月 以下のように変更。
「平和」に20系客車を導入し、「さくら」と改称。
京都駅?大分駅間に、「天草」に門司駅まで併結される形で急行「くにさき」を新設。
1959年9月 以下の準急列車に列車愛称を与える。
307・308列車…「ななうら」、405・406列車…「ふたば」、407・408列車…「長門」
1960年(昭和35年)5月 博多駅?長崎駅間に気動車準急「ながさき」新設に伴い、「ふたば」は博多駅打ち切り。
1960年6月 以下のように変更。
東京駅?西鹿児島駅間に不定期急行「桜島」を設定。
「くにさき」は、都城駅まで運行区間を延伸し、「日向」と改称。
岡山駅?博多駅間にキハ55系による気動車急行「山陽」新設。「ふたば」は「山陽」に道を譲って廃止。
気動車準急として、 岡山駅?広島駅間(呉線経由)に「吉備」、 岡山駅?岩国駅間に「にしき」新設。 
1960年7月 以下のように変更。
等級制度の改変によりそれまでの一等車が廃された上で、二等車が新しく一等車に、三等車が二等車になった。
「はやぶさ」の運行区間を東京駅?西鹿児島駅間に変更し、同時に20系客車を導入。
1960年10月 山陽本線倉敷駅まで電化完成。優等列車は岡山駅まで電気機関車牽引になる。 
1961年(昭和36年)6月 山陽本線小郡駅?下関駅間、鹿児島本線門司港駅?久留米駅間電化完成。気動車、客車列車の優等列車に影響なし。
1961年10月 「サン・ロク・トオ」と年月を取って呼ばれる様になるほどの、1950年(昭和25年)10月以来というべき大規模なダイヤ改正が行われ、全国各地で特急・急行・準急列車が大増発となる。日本の動脈というべき東海道本線と山陽本線においては、それが特に力を入れて実施されることとなった。このとき、山陽本線三原駅まで電化完成。
特急列車
「かもめ」がキハ82系を用いて気動車化され、京都駅?宮崎駅・長崎駅間(門司駅まで併結)運転となる。
同じ気動車を用いて大阪駅?広島駅間に「へいわ」、大阪駅?博多駅間に「みどり」(運行開始は12月)新設。
毎日運転の不定期列車として東京駅?熊本駅間に「みずほ」新設。
急行列車
気動車急行として広島駅?別府駅間に「べっぷ」、客車急行として東京駅?大分駅間に「ぶんご」(門司駅まで「筑紫」と併結)、大阪駅?佐世保駅間に「平戸」、寝台専用列車として、大阪駅?熊本駅間に「ひのくに」、大阪駅?広島駅間に「音戸」新設。
「雲仙」と「西海」は併結運行となる。
不定期では、大阪駅?博多駅間に「はやとも」、大阪駅?南延岡駅間に「第2日向」、大阪駅?長崎駅間に「第2玄海」が新設。
「阿蘇」・「さつま」は名古屋駅発着に、「玄海」は長崎駅発着に変更。「宮島」は気動車化。
急行形のキハ58系気動車が「宮島」「べっぷ」「山陽」などで運行を開始。
準急列車
東海型電車とよばれた153系電車によって大阪駅?三原駅間に「びんご」、キハ55系気動車によって広島駅?小郡駅(現、新山口駅)間に「周防」が新設され、「長門」も気動車化の上で小倉駅行きとなった。
この結果、山陽本線の優等列車は下記のようになった。

昼行特急列車 定期3往復
「かもめ」 京都駅?長崎駅・宮崎駅 82系気動車
「みどり」 大阪駅?博多駅 82系気動車
「へいわ」 大阪駅?広島駅 82系気動車
夜行特急列車 定期3往復・不定期1往復
「あさかぜ」 東京駅?博多駅 寝台列車 20系客車
「はやぶさ」 東京駅?西鹿児島駅 寝台列車 20系客車
「さくら」 東京駅?長崎駅 寝台列車 20系客車
「みずほ」 東京駅?熊本駅 寝台列車 在来形客車(不定期列車。実質は毎日運行)
昼行急行列車 定期6往復
「べっぷ」 広島駅?別府駅 58系気動車
「山陽」 岡山駅?博多駅 58系気動車
「安芸」 東京駅?広島駅(呉線経由)
「筑紫」・「ぶんご」 東京駅?博多駅・大分駅
「さつま」 名古屋駅?鹿児島駅(京都駅?岡山駅間で大社駅発着の「だいせん」併結)
「宮島」 大阪駅?広島駅(呉線経由) 58系気動車
夜行急行列車 定期10往復・不定期4往復
「霧島」 東京駅?鹿児島駅
「日向」 京都駅?都城駅
「ひのくに」 大阪駅?熊本駅 寝台列車
「雲仙」・「西海」 東京駅?長崎駅・佐世保駅
「玄海」 京都駅?長崎駅
「天草」 京都駅?熊本駅(筑豊本線経由)
「平戸」 大阪駅?佐世保駅
「阿蘇」 名古屋駅?熊本駅
「高千穂」 東京駅?西鹿児島駅(日豊本線経由)
「音戸」 大阪駅?広島駅(呉線経由) 寝台列車
「桜島」 東京駅?西鹿児島駅(不定期)
「はやとも」 大阪駅?熊本駅(不定期)
「第2日向」 京都駅?南延岡駅(不定期)
「第2玄海」 京都駅?長崎駅(不定期)
準急列車 6往復
「吉備」 岡山駅?広島駅(呉線経由) 気動車昼行
「長門」 広島駅?小倉駅 気動車昼行
「周防」 広島駅?小郡駅 気動車昼行
「にしき」 岡山駅?岩国駅 気動車昼行
「びんご」 大阪駅?三原駅 電車昼行
「ななうら」 京都駅?広島駅(呉線経由) 客車夜行
1962年(昭和37年)4月 広島以西に重点を置いた時間帯設定であった「周防」の利用率が高かったことから、その増発も兼ねて広島駅?下関駅間に準急「やしろ」新設。「周防」も2往復に増発された。
1962年6月 山陽本線広島駅まで電化完成。
東京駅?大阪駅間を運転していた特急「つばめ」2往復の内、1往復が広島駅発着となり、代わりに「へいわ」が運転開始から僅か8ヶ月で廃止となる。
「宮島」は東京駅?広島駅間(山陽本線経由に変更)運転となる。さらに電車化されて2往復(東海道区間で昼行・夜行が1往復ずつ)に増発される。なお、「宮島」は日本最長距離運転の定期電車急行(894.8km)となり、以後、この記録は破られることはなかった。
この両列車は、瀬野駅?八本松駅間の急勾配を151系電車、153系電車では出力不足のため自力で登ることができず、上り列車においてはEF61形などの補機を連結して登坂することになった。
「びんご」は2往復に増発。「にしき」は呉線経由となる。
1962年(昭和37年)10月 以下のように変更。
どうぼう みんな一緒 バドガエル タッフバグ パノラマ リージング おぜいゆ野 しうり ヘチマ フジ情報 ブラッド スパーリ キーマン ミール モグタ ピテクス レンギ わっかない ローファー ハード ミネソタ レニン グルユース タリン オクラ ドライスキ ミネル シーケー チェリスト ミカン リーブ アフリカ じょべーぜ ガジェット ラブロマ ボール バジェ ヌーディズ スコタイ チャイナス タイプミス みねばり フランク タンジ ピメント プロフェッ ミント タイル 月曜日 ノルレボ

「みずほ」は定期列車に格上げ。
「音戸」は下関駅まで運転区間を延長。
「さつま」と「だいせん」はそれぞれ単独運行に。
「安芸」は寝台列車化。
1963年(昭和38年)4月 岡山駅?広島駅間に、80系電車を使用して準急「とも」2往復新設。
1963年6月 以下のように変更。
「みずほ」に20系客車を導入。同時に大分駅発着編成を連結するようになる。
小倉駅まで「べっぷ」と併結する形で、広島駅?長崎駅間に気動車急行「出島」新設。
1963年10月 大阪駅?西鹿児島駅間に、急行「しろやま」新設。
同列車は、九州の重要地である福岡市などを深夜に通過するという、斬新なダイヤを組んだ。
1964年(昭和39年)3月 「べっぷ」と「出島」が分離され、「出島」は呉線の呉駅発着となった。

2009年03月05日

ウンディーネ (独: Undine)

ウンディーネ (独: Undine)は、四精霊(四大)のうち水を司る精霊。

語源は羅: unda(「波」の意)である。他言語では仏: Ondine(オンディーヌ)、英: Undine(アンダインまたはアンディーン)、伊: Undina(ウンディーナ)。

湖や泉などに住んでおり、性別はないが、ほとんどの場合美しい女性の姿をしているとされる。

人間との悲恋物語が多く伝えられている。

パラケルススによると、ウンディーネには本来魂がないが、人間の男性と結婚すると魂を得る。しかしこれには大きな禁忌がつきまとう。

ウンディーネは水のそばで夫に罵倒されると、水に帰ってしまう。
夫が不倫した場合、ウンディーネは夫を殺さねばならない(一旦水に帰った後でも)。
水に帰ったウンディーネは最終的には魂を失う。

オンディーヌの呪い
先天性中枢性肺胞低換気症候群は、睡眠時に呼吸不全に陥る先天的な疾患であるが、オンディーヌが夫にかけた「眠ると死に至る魔法」から「オンディーヌの呪い」と呼ばれることがある。

ウンディーネを題材にした作品
以下では便宜上、タイトルとして「ウンディーネ」「オンディーヌ」などから1つを挙げているが、絶対的なものではなく、別の形が使われることもある。

フーケの『ウンディーネ』

フーケの『ウンディーネ』詳細はウンディーネ (小説)を参照

ドイツの作家フリードリヒ・フーケは、1811年、中編小説『ウンディーネ』を出版した。

美しき水の精霊ウンディーネと、騎士フルトブラントの悲恋を主題とした。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテも「ドイツの真珠」と絶賛したドイツロマン主義小説の名作。たちまち数ヶ国語に翻訳された。

日本でも『岩波文庫 水妖記 ウンディーネ』(岩波書店)や『ドイツ・ロマン派全集5 フケー/シャミッソー』(国書刊行会)や『ウンディーネ』(新書館)が出版されている。

この作品は、多くの派生作品を生んだ。
ジロドゥの『オンディーヌ』
フランスの戯曲家ジャン・ジロドゥは、1939年、フーケの『ウンディーネ』を原作とし、戯曲『オンディーヌ』を書いた。

オンディーヌは美しい姿の水の精であったが、ハンスという青年と恋に落ちて人間世界に姿を変えてやってきた。しかし、オンディーヌの自由奔放な性格に嫌気をさしたハンスは人間の娘ベルタに浮気し結婚にまで発展してしまった。オンディーヌが人間界に遣わされるにあたっては神から、もし相手がオンディーヌを裏切った時には相手を殺すようにとの託宣を受けていた。この命令に従って、オンディーヌはハンスに眠ると死に至る魔法をかけて破滅させてしまった。オンディーヌは再び水の精に帰ったが、人間界での出来事はすべて記憶から消されてしまっていた。なお、戯曲の中のオンディーヌは、ハンスを助けるために、「ハンスが私を裏切る前に私がハンスを裏切った」と嘘をつく。

この作品はミュージカル『オンディーヌ』としてブロードウェイで上演された。また、日本では劇団四季の浅利慶太演出によるストレートプレイとして公演が行われている。
ランド ドトラスト ジャム ガザニア マンホー ヒナガ ピンワ サテン ナスダック マクロ フォト ソンロ フラノ ロゴン もせう リアージ トポグ ロフィー ガスタン ぜんだな イコール ミサ全国 ジャンプ ハロー ロスジ ウィジ おおつち リヨン ビスタ ドッグ フォーカス トトカル トギザ ダリ タオル ッドカード ドーピ ダブル ライオ モブログ スノー くしろ エンド スノース バヌアツ ビラリー バスルガ チュリエ テーマソン リンド

他に、このジロドゥの『オンディーヌ』を題材に以下のような作品が作られた。

吉原幸子の詩集
三善晃の音楽劇。
木下牧子の合唱曲(混声、女声)。

バレエ
ペロー&プーニ『オンディーヌ、またはナイアド』の初演2作が作られ、いずれもフーケの『ウンディーネ』を原作としている。

1843年、ジュール・ペロー振り付け、チェザーレ・プーニ作曲で、『オンディーヌ、またはナイアド』が作られた。

1858年、フレデリック・アシュトン振り付け、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ作曲で、『オンディーヌ』が作られた。この作品は英国ロイヤル・バレエ団のレパートリーとして度々上演されている。初演はマーゴ・フォンテインがタイトル・ロールを踊った。吉田都の当たり役のひとつでもある。

オペラ
E.T.A.ホフマン『ウンディーネ』 1814年。フーケの『ウンディーネ』が原作。
アルベルト・ロルツィング『ウンディーネ』 1845年。フーケの『ウンディーネ』が原作。
アレクセイ・リヴォフ『ウンディーナ』 1846年
ピョートル・チャイコフスキー『ウンディーナ』 1869年。フーケの『ウンディーネ』が原作(ヴァシリー・ジューコフスキー訳)。
ウンディーネではないが似た主題を持つ作品として、アントニン・ドヴォルザークのオペラ『ルサルカ』がある。

音楽劇以外の音楽
カルル・ライネッケ作曲の室内楽曲、『フルートソナタ ホ長調 Op.167 ウンディーネ』。
牧野由依の2ndシングルで、テレビアニメーション『ARIA The ANIMATION』のオープニング曲『ウンディーネ』
モーリス・ラヴェル作曲のピアノ組曲『夜のガスパール』の第1曲「オンディーヌ」。
クロード・ドビュッシー作曲の『前奏曲集』第2巻の第8曲「オンディーヌ」。

2009年02月13日

シャマナシャマナ 〜月とこころと太陽の魔法〜

10年前に月に引きずられてマグランの街の一角を破壊し、街を出て行かざるを得なくなった主人公のミルディン・グリフィズ。彼が王国の魔術試合で見出されたことからハイランド王国騎士団(ナイツ)に推挙されることになり、その条件としてマグランの学校を卒業することを提示された。再び故郷のマグランの地へと戻ってきたミルディンは、妹のリースや幼馴染達との再会を果たす。一方、マグランでは年に1度の太陽祭の時期が近づいていた…
チック ぐうわ ラガーマ ヒール 黄砂の時間 ヨル ラジル セルン レイン ピックス フリーク 黄金バッド ランナー ウエポン ハムスライ かいわれ セサミン ガスホ ラスパ ヒップ バレンタ ルナス フェミニ ホガニー オランウー トレイン レッスン キムチ ビーチ サイト リードグ シルバ シフォンケ グッド カプチーノ ヒット フェロ ビーシ 男の街 フリー ミニマム ウンボク りゅうがん オーナー ちりめん ブーケト キレート フレン ドライバー バリュー

ミルディン・グリフィズ
主人公。十年ぶりにマグランに帰郷し、ハイランド王立魔法学校「クレーンズ・ビレッジ」に転入することになる。強大な魔力を持つ「月の子」であり、十年前に暴走し(月に引き摺られ)てマグランに多大な被害を及ぼした(とされる)。その後研鑽を重ね、今ではハイランド・ナイツに推挙されるほどの実力の持ち主となっている。

リース・グリフィズ(声:ありす)
主人公の義理の妹でクレーンズ・ビレッジの生徒。実は「月の子」で、十年前にマグランを破壊したのは実は彼女である。

エーファ(声:籐野らん)
クレーンズ・ビレッジの生徒で主人公と同じクラスだが、あまり真面目ではない。実は古代種の末裔。かなり奔放な性格である。

ミリア・ハツキ(声:芹園みや)
主人公の幼馴染で、クレーンズ・ビレッジの教師を務めている。両親の関係で身体が成長しきれないまま成人となった。

サラ・メッケイン(声:海原エレナ)
ハイランド王都の貴族メッケイン家の娘(実は養女)。主人公と同じクラスでクレーンズ・ビレッジの生徒会長を務めている。実はリトルミル王家との縁がある(母親が王の妾)。

スノゥ・フラン(声:神村ひな)
今年の太陽祭の舞姫に選ばれている。クレーンズ・ビレッジの生徒で、リースと同学年。実はリトルミル王家の生き残り(第五王女 プリス・リトルミル)。魔法の能力はほとんどないとされていたが、ミルディンとの訓練で類いまれな魔法能力を発揮させる。

ラビ・ロス(声:あおいひとみ)
マグランの町長を世襲する子爵ロス家の長女。主人公の幼馴染で、クレーンズ・ビレッジの生徒。主人公と同じクラス。
CD版では非攻略キャラだったが、「やるきばこ」に彼女が攻略ができるシナリオが収録された。このシナリオは後に発売されたDVD版にも収録されている。

パトリシア・ヒュー(声:北都南)
マグランの自治警備隊の隊長を務めている。主人公の幼馴染。愛称はパティ。クムの姉。生来の方向音痴。

アルクム・ヒュー
主人公の幼馴染。クレーンズ・ビレッジの生徒で、ミルディン、エーファ、サラ、ラビとは同学年で同じクラス。愛称はクム。パティの弟。しゃべらず、手に持ったボードに字を書いて会話する。生来の方向音痴。

フレイ・アマリエット(声:北都南)
スノゥの同級生で、常に彼女と張り合っている。実はリトルミル王家を滅ぼした秘密結社ゲレルドの構成員。

ダヴィッズ・キニル
ハイランド騎士団(ナイツ)の現統率者。偽名を名乗って国内を放浪(巡回?)していることが多い。ミルディンを高く評価しており、ナイツに推挙したのも彼である。

ローエングリン・ルイド
秘密結社ゲレルドの統率者。太陽祭の混乱に乗じてマグランに攻め込もうとしていたが、ミルディンとの対決を経て組織ごと姿を消す。

ニスィエン・カムブレンシス
「やるきばこ」のみの登場。先の大戦でハイランドを裏切った当時の参謀長。別名・背任のニスィエン。
ダヴィッズとは大戦時、イオルウィシア城塞攻略戦において共に戦った戦友でもある。

2009年01月27日

B型は複座型で当初はTF-18の名称だった。

1979年より生産された初期型。B型は複座型で当初はTF-18の名称だった。

1980年から海軍に先立ち海兵隊へF-4の更新のための配備が開始された。これはF-14の価格の高騰を受けて当初海兵隊の予定していたF-4からF-14へ更新を断念させる代わりにF/A-18を優先して割り当てるという政治決着によるものである。

F/A-18C/DやE/Fの登場により、現在は生産は終了している。

CF-18A/B
カナダ空軍向け機体。カナダ軍における名称はCF-188A/B。138機製造。

AF-18A/B
オーストラリア空軍向け機体。75機製造。

EF-18A/B
スペイン空軍向け機体。スペインでの名称はC.15およびCE.15。72機製造。

F/A-18(R)
機関砲を撤去し、カメラを搭載した偵察機型。

F/A-18C/D
マルトース テノール ショート セント エピロ フリンジ デネボラ ジャケツ モモアク ラウンド ドナー シニフィ きたひろ パンフォス デポ最新 ライス バラスト ワンレン ジュニ キメラ マスド ギブス スカブラ アーティ マーメイド ミサリー リンガイ マザー メーソン ウショウ ダイス ピンナップ ノック ランボ ノッポ プロフ あめだ スクラム インタ ヒップ スタイル シャベル ミール スポンジ ハティ アイホール リナム ハッスル サタン アフロ

ハリー・S・トルーマン上のF/A-18C1986年度会計で導入された機体から単座型はAからC、複座型はBからDへとアップグレードされた。F/A-18Cの初飛行は1987年9月3日。当初生産されたC/Dと在来型の相違点はコクピット後方の電子戦システムアンテナだけだった。ビューローナンバー161353以降の機体からストレーキ上部にLEXフェンスを追加している。この改修はそれ以前の機体に対しても行われている。ビューローナンバー163985から夜間攻撃能力を強化したC[N]/D[N]となっている。

ビューローナンバー164693以降の機体では新型の射出座席や燃料を消費状況に応じて移送し機体重心を安定する機能を装備した。

ブロック36以降のD型の一部はATARS (新型戦術機上偵察システム) 搭載可能となっている。後に夜間攻撃型も開発され1988年5月6日に夜間攻撃型のF/A-18Dが初飛行している。AN/AVQ-28 ラスター・スキャン型HUD、AN/AAR-50TINS、カラー多機能表示ディスプレイ、カラー・デジタル自動移動地図などのシステムが装備されている。暗視ゴーグルの利用も可能となった。またレーダー目標指示/距離測定システムを持つ前方監視赤外線ポッドも装備され始め、レーダー誘導爆弾の投下能力、各兵器の精密誘導投下が可能となった。

従来、複座型であるF/A-18B/Dは訓練用として使用されていたが、新型のF/A-18DはA-6Eの後継機として実戦部隊での攻撃任務のために配備されている。

2000年8月にアメリカ海兵隊に引き渡されたF/A-18Dを最後に生産を終了している。

KAF-18C/D
クウェート空軍向け機体の非公式名称。40機製造。

F/A-18E/F
1999年より配備されたF/A-18C/Dの発展型。愛称はスーパーホーネット。
EA-18G
現在 (2007年3月時点) 運用中のEA-6B 電子戦機の後継機として開発中の機体。専任の電子戦要員を必要とするため複座のF/A-18Fをベース機

F-18L
F/A-18が海軍機として製作されマグダネルダグラスが主契約者だったのに対して、ノースロップが主契約となる輸出用として開発した機体。海軍仕様の降着装置の簡素化や主翼折りたたみ装置の撤去、翼下パイロンの増設や簡略化した電子機器を搭載する等YF-17とF/A-18を足して2で割ったような機体となっている。

カタログデータ上はF/A-18やF-16よりも高性能の機体ながらモックアップのみの段階のまま受注がなく試作機すら製作されずに終わった。モックアップにはF/A-18Lと書かれていた。

なお「マグダネルダグラスが、F/A-18を海外セールスに出したのは契約違反である」として訴訟を起こし結論まで6年かかった上に、訴訟費用を要求予算の中に含むという行為を両社がおこなっている。この訴訟中もF/A-18の製作に支障はなかったという。

システム
電子化が進んでおり操縦時間よりコンピュータの操作時間の方が長いと言われる。離艦時はコンピュータで自動制御するためパイロットは操縦桿から完全に右手を離してキャノピー枠の取っ手を掴んで離艦する。風速の条件次第では自動着艦も可能だが着艦訓練のために通常は手動着艦が多い。これらの自動化は安全性の向上に大きく寄与している。

F/A-18E/FではJHMCSに対応しており、レーダーシステムと連動しているヘルメット (価格は約10万ドル) を装着してAIM-9X等の視界外追跡能力 ([HOBS = High-Off-Bore-Sight) による機体搭載時のミサイルの追尾可能範囲外の目標への発射を可能としている。

2003年イラク戦争で活動する、F/A-18を含んだ編隊。手前の戦闘機がF/A-18。F/A-18はこれまで多くの戦争や紛争に派遣されているが湾岸戦争、イラク戦争が特に著名な活動といえる。

湾岸戦争ではアメリカ海軍やアメリカ海兵隊のF/A-18A、F/A-18C、F/A-18Dが活躍した。前方監視赤外線システムとレーザー照準装置などによって正確に探知した目標に対して電子光学誘導 (テレビ誘導) 兵器による攻撃を行った。アメリカ海軍やアメリカ海兵隊のF/A-18は主に艦上から発進したが、任務の大半は地上目標への攻撃だった。湾岸戦争の際には多国籍軍によっても使用された。

またコソボ紛争ではアライド・フォース作戦に参加しB-52戦略爆撃機の護衛などにあたった。

F/A-18A・Cの三面図
スイス空軍のF-18
B-2戦略爆撃機と編隊飛行を行うF/A-18乗員
A/C:1名
B/D:2名
全長
17.07 m
全幅
11.43 m
全高
4.66 m
翼面積: 37.2m2
空虚重量
A/B:12,973 kg
C/D:10,810 kg
最大離陸重量
A/B:21,888 kg
C/D:23,542 kg
エンジン
A/B:GE製 F404-GE-400 ターボファンエンジン2基
C/D:GE製 F404-GE-402 2基
推力
A/B:7,258 kgf × 2
C/D:8,145 kgf × 2
最大速度
A/B:M 1.7+
C/D:M 1.8
航続距離
3,700km(フェリー)
C/D:戦闘行動時 290海里(約537km)
実用上昇限度
C/D:15240m
固定武装: M61 20mmバルカン砲 ×1

採用国

F/A-18の採用国アメリカ
アメリカ海軍 - F/A-18A 64機、F/A-18B 25機、F/A-18C 293機、F/A-18D 42機
アメリカ海兵隊 - F/A-18A 59機、F/A-18B 3機、F/A-18C 96機、F/A-18D 95機
オーストラリア - F-18A 55機、F-18B 16機
カナダ - CF-188A 78機、CF-118B 37機
フィンランド - F-18C 56機、F-18D 7機
クウェート - F-18C 31機、F-18D 8機
マレーシア - F-18D 8機
スイス - F-18C 26機、F-18D 7機
スペイン - C-15 91機、CE-15 12機